殺陣教室596@「語感でアイロニー」#1561

この夏のような日差しが突き刺す今日この頃。まだ、梅雨明けしてねえのな(笑)

昨日は殺陣本部道場。

素手のコースは池田と石川。昔々の日本のアクションの手付けを。俺はダサすぎて大嫌いだが。弟子たちには、

基本として出来といて。しかも、圧倒的に(笑)

てな、話で。俺は、百年先の為の作業を自分の肉体を使って地道に。

上のクラスは、瞬が初心者コースから上のクラスへ。最初は覚える事や稽古の流れを把握するまで気疲れするとは思うが。これから宜しくね。何より映画の撮影の合間に参加してるのは素晴らしいと思う。大概、舞台の稽古と称して一か月ぐらい休むことを大義名分としちゃう人がほとんどなんだけど。

いきなりの個別の手付けでも、臆することなく演技を取り入れながら殺陣をやろうとしてる姿は立派。瞬発力もいい。道場ではほぼ同期の大参や綾香と切磋琢磨してって欲しいですね。同じ年の池田ともいずれバチバチやって欲しいね。

ベテラン勢も優しく時に厳しくアドバイスを各々送ってくれてありがとな。感謝してるぜ。

大濱軍団。いい感じになってきてます。

いい稽古でした。

枝豆の止め時を教えてください。@「語感でアイロニー」#1559

女性って、夏が嫌いな人が多いね。なんでか聞くと

冬は着込めば外に出れるけど、夏は外に出る気すら起きない

との事。日焼けの問題もあるのかね。

俺はと言うと、夏になればなるほど、アクティブ感が増すね。冬は逆に冬眠したくなり会話すらしたくなくなる。究極を言えば、布団から出たくない(笑)

そんな夏に向けて。枝豆が安く売ってる。大好物。夏は、ベタだけどビールに枝豆。ところがやっかいなのが、

枝豆が好きすぎて辞め時が解らない

一袋茹でれば、一袋食べてしまうし、三袋茹でれば平気で三袋食べてしまう

これは、ポテチやポテトフライの辞め時が解らないくらいの煩悩である。

もし、枝豆の食い過ぎで俺の身体が緑色になってたら、

カマキリさん

と、あだ名を付けて下さい。それくらい枝豆好き。

殺陣教室595@「語感でアイロニー」#1558

日曜日は殺陣本部道場。

素手のコースは池田と石川。簡単な振り付けを。刀でもそうですが、歩くだったり掴むだったり押すだったりこういう事も演技であり。そんな所を細かく。

上のクラスは個別に振り付け。

やはり、歩くだったり納刀だったり。俺が思う不自然さは、普段自然に出来てる歩くと言う作業も表現に入るととたんに出来なくなる。答えは

カッコつけよう。綺麗に見せよう。

と、言う普段考えないような邪な感覚があるからで。では、自然にやろうとした時にどうなるか。

自然を演じる不自然さ

が、もろに出てしまう。映画見たから舞台観たから出来るわけでもなく。日常から深く考えて行動をしていかないとね。

いい稽古でした。

ダル対マー@「語感でアイロニー」#1557

かつて日本のスーパーエースと称されたダルビッシュとマー君。2人とも猛者中の猛者が集まるメジャーへ。

そんな中、二人の投げ合いがメジャーで。録画してたのを見たのですが。メジャーなのに主役はこの二人の投げ合い。

投げ合った以上相手より早くマウンドから降りない

と、言う本能と言うか意地が炸裂。静かな、そして熱い試合だったね。

2人とも今年は飛ぶボールの影響もあってか成績が良くない。この試合を経て活躍して欲しいですね。

いや。名勝負数え歌。第二ラウンド観たい。

早え@「語感でアイロニー」#1556

いやあ。上半期も終わりですか。

早え!

もはや、時の流れが早すぎて笑いしか起こらない琥太郎です。

そんな上半期の終了と共にまた一つ齢を重ねました。

連絡をくれた方々誠にありがとうございます。感謝です。

健康に留意して日々精進しながら、胸に秘めたる決意を歩もうと思います。

殺陣教室594@「語感でアイロニー」#1555

昨日は殺陣本部道場。

素手のコースは池田と石川。石川が次の型へ進む。

初心者コースは瞬が六回を無事終了。優秀です。映画で主役をやったりしてる俳優なので現場でのノウハウを伝えるようにしてます。

上のクラスは個別に振り付け。ラストは、緩急付けた粋な殺陣。2人とも動きが硬い。

八割の感覚を真剣に。

かな。振り付けが出来る出来ないは問題ではなく。斬り合いのシーンを創ると言う演技力の問題にベクトルを変えてってみてください。

なんか、ふと思う。大濱道場、イケメン揃いです(笑)コワモテのトラの元にイケメンの弟子達が集う道場。殺陣を始めて見たいと言う女性の皆様。ぜひ大濱道場へ(笑)

いい稽古でした。

夏至@「語感でアイロニー」#1554

今日は夏至ですね。一年で一番日が長い日。毎年思うんだが、そんな夏至が、

セミが鳴きまくる夏ではなんだよねえ。

と、言う違和感。夏本番に日々はすでに徐々に日の傾きが早くなってる訳で。

でも。だから、夏の夕暮れは少し切ない気分と言うか、感傷的になる瞬間があるのかなあ。

詩人中原中也の詩で平凡だけど好きな言葉があって。

ゆうがた、空の下で、身一点を感じられれば、万事に於いて、文句はないのだ

きっと、この業を抱えながら生涯を生きていくのだろう。

殺陣教室593@「語感でアイロニー」#1553

日曜日は殺陣本部道場。

素手のコースは池田。休憩中、池田が映画「トムヤムクン」を観たと言う事で盛り上がる。まず、

ゾウを助ける為に、あそこまで人の関節をへし折っていくか

で、爆笑。そして、アクションの凄まじさに

抱腹絶倒

と、言う話で。俺が、

日本は相も変わらず大ぶりの左右のフックばかりやってる。映画とか色々観ろ。

と、言ったのを聞いて色々観てるんだと思う。俺の言ってる意味も理解したようだ。それにしてもだ。

人は、何かを超越した物を見ると笑いがこみ上げてくる

と、言う原理は間違いないようだ。ダブルニーパットの強烈さたるや(笑)

で。池田にはご褒美に、

どこの部位を軽く押すと人の身体は崩れやすいか

と言う、アクションをやって見せる。トニージャーやブルースリーやら東洋のアクションスターは確実に原理原則を理解してる。その上でのエンターテインメント。

上のクラスは個別に振り付け。ラストは、池田と古川君の1対1。振り付けのイメージがずれてたので、古川君の方の一部をやって見せる。相手になった池田が、踏み込んでくるスピードに恐怖で引きつった顔をしてて。道場生達が大爆笑。

いい稽古でした。

18thGIG 甲府城【山梨県甲府市】@「語感でアイロニー」#1552

■ 別名     甲斐府中城 一条小山城 府中城 舞鶴城
■ 所在地    山梨県甲府市丸の内1-5-4
■ 城郭構造   平山城
■ 天守構造   -
■ 築城者    浅野長政 幸長
■ 主要城主   加藤氏 浅野氏 徳川氏 柳沢氏
■ 築城年    文禄 慶長年間(1590)年代
■ 廃城年    明治6(1873)年  
■ 遺構     曲輪 石垣 水堀 虎口 枡形 
■ 復元整備   平成8年鍛冶曲輪門 平成11年内松陰門・稲荷曲輪 平成16年稲荷櫓 平成25年鉄門復元
■ 指定文化財  県指定史跡
■ 訪城日時   2017/05.02 

■ 歴史

天正10年(1582年)戦国大名の武田氏滅亡後、甲斐国は、織田信長の領国となり、本能寺変の後は徳川家康の支配下に置かれました。しかし、豊臣秀吉が天下統一を成し遂げると、秀吉の命により甥の羽柴秀勝と腹心の部下である加藤光泰らによって築城が始められ、浅野長政・幸長父子の手により完成をみました。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦い以降は再び徳川家の城となり、幕末まで城の歴史は存続しました。
舞鶴城は江戸時代の初め、将軍家一門が城主となる特別な城でしたが、宝永元年(1704年)徳川綱豊が第5将軍徳川綱吉の嗣子となり江戸城へ移り住むと、柳沢吉保が城主となり、大名の城として最も整備され、城下町とともに大きく発展しました。柳沢氏が大和郡山城主として転封されると、甲斐国は幕府の直轄地となり、舞鶴城は甲府勤番の支配下に置かれることとなりました。その間、享保年間の大火により本丸御殿や銅門などを焼失、壮麗な姿は失われていきました。
明治時代になると廃城となり、明治10年頃には城内の主な建物は取り壊され、勧業試験場として利用が始まるなど、新たな歴史を歩み出しました。 明治30年(1897年)には、中央線敷設に伴い屋形曲輪、清水曲輪の解体が決定され、甲府停車場、すなわち今の甲府駅の建設地となっていきました。 明治37年(1904年)に本丸周辺を舞鶴公園として開放、昭和5年(1930年)には甲府中学校の移転に伴い、県庁舎、県会議事堂が楽屋曲輪跡に移り、同時に西側、南側の堀は完全に埋められ、城跡はほぼ現在と同じ景観になりました。

■ 写真 感想等

武田氏館やその支城とは全く雰囲気が違う甲府城。高石垣にただただ興奮。やはり俺は石垣とお堀が好きである。そんなわけで当時からすると三分の一に縮小されている甲府城を攻める。

まずは稲荷曲輪から。井戸跡。

稲荷櫓を稲荷曲輪側から。

外側から。ぐおお。石垣高ぇ!たまらんね。

前を通る道はかつて水堀だったらしい。

そのまま数寄屋曲輪の外石垣へ。

ぐお!。高ええ!かっけえ!

と、朝からハイテンションで独り言をのたまってると、地元のサラリーマンから、狂人を見るかの如き冷たい視線を浴びる(笑)

唯一残る水堀へ。たまらんね。石垣と水堀でご飯五杯食えるね(そんなわけない)

遊亀橋からの眺め。

埋め立てられた水堀の端から。

鍛冶曲輪門前の石垣。なんか不自然だなあと縄張図を見たら、本来はこの先に追手門があったみたいだね。

鍛冶曲輪門。

内松陰門の塀。これで外周を一通り眺め終わる。

内松陰門から城内へ攻め入る。

城内から見た内松陰門。

銅門跡。

石垣跡を見ても相当大きい門だったのかもね。

遥か下に見える内松陰門。

本丸に攻め入る。櫓跡。

ビビりなんで、天守台は後回しにして、鉄門へ(笑)本丸側から。

天守曲輪側から見た鉄門。ぐおお。石垣高え!

中の門跡。

中の門を降りて、鍛冶曲輪を通って数寄屋櫓跡へ。

高石垣の内側の塀。

数寄屋曲輪。

稲荷曲輪へ続く塀。

稲荷曲輪にある二重の石垣。

庄城稲荷跡。

上に見える天守台。高いでしょ。

稲荷曲輪門。

稲荷曲輪側から見た稲荷曲輪門。

鍛冶曲輪から見た稲荷曲輪門。

天守曲輪から見た天守台と塀があったであろう石垣。流石は平山城。石垣バンバン。

本丸に再び昇り。見えてくるは、天守台跡。

天守台から見た山々と謝恩碑。

天守台から見た本丸と本丸櫓跡。

本丸から見た鍛冶曲輪と水堀。

で。フジヤマ。最高。

本丸から見た稲荷櫓。

甲府駅南口から北口に移動し、山手渡櫓門へ。完全に電車で分断されてますな。

山手御門。

時の鐘。

現在の城跡図。縄張図。復元模型。