セットの図面が届いたので、入りハケの計算をする。こんだけ出演者がいると、それだけでも大変である。衣装早替えもあるし。
ちなみに台本とか演出とか考える時は基本喫茶店やファミレスでやるタイプな琥太郎なのです。
家だと興味あるものに逃げていく習性があり。布団にダイブして脳を休めようとして気づいたら一人ドリフのような体勢で寝ていて朝になり自己嫌悪の塊になったり、本読んじゃったり、風呂入っちゃったり、行きたくもないのにトイレ行ってたりといい事なしなので。今日はここまでという目標を持って深夜のファミレスで唸ってたりします。
さて、俺はよくスポーツを観る。野球だったりサッカーだったり。とは言え、やりはしない。ファンでもない。実は一流選手の動きを観察していたりする(笑)身体感覚に凄い興味があるし、演技やら殺陣もそこから考えたりするからだ。常に芝居をするときは体の状態をリラックスというか柔らかく使いたいという感覚が強いからかもしんない。どうしても演技メソッドとか気持ちとかで作り込むスタイルに違和感が凄くあるタイプなので。というより、恥ずかしくなってしまう。
で、演技でガチガチになってる人や気持ちを作ってしゃべる人観ると、普段生きてる人間とあまりにも立ち方、存在の仕方がかけ離れてないか?という思いが強い。普段のほうがよっぽど存在感があったりする。そういう人は体のパワーバランスが胸から上。特に肩と顔面に力が入っちゃってんだよね、観てると。それでやった気になっちゃう。気持ちを嘘で固めてくと、胸辺りに比重を置いちゃう。普段、そんな人いない。てか、恐い。恋患いの人だ(笑)声の出し方も顔面から抜けてくようなしゃべり方だから大きい声出してても拡散して届かなかったりする。
俺自身はホースの水撒きのような感覚でしゃべるようにしている。小さい声でもきちんと届く声。水(声)を最大にしても真下にしか落ちない。ところがホースの先を摘まむと水は遠くへ飛ぶでしょ。自由自在に。そういう感覚。イメージを具現化するのは結構苦労するもので。声質があまりよくない自分を知ってるからかもしんないけど。
でもそうやって自分で自分の声を聞けてないと芝居はおかしな方向に行くんだな。日常では、少なからず自分で自分の声を聞きながら、調節しながら他人と接しているのだから。親兄弟、先輩、友人、知り合い、初対面、恋人、それぞれ無意識ながらも声やら体の接し方、距離感を変えてるはずだから。
役づくりとか気持ちがどうのとかより身体感覚を6つぐらいに分けといて、シーンによって、役割によって、相手役によって、コンマ何秒で変えていく感覚の方が俺は強いかな。それで色の差を出していったり共同作業をしたりしていく。あるいは芝居の質で変えていく。
昨日今日、オールスター戦があったけど、やっぱり一流選手は体の使い方が凄いんだよね。ピッチャーにしろバッターにしろ、軸をブラさないでしかも柔らかくゆっくり動いているようで腰から力を指先に一瞬でボールに伝えていく。全く無理がない。例えて言うなら弓を引くような伝え方。体のバネを一点にためて鋭く放つ感じ。殺陣もそういう感覚を模倣しながらここ数年自分の中で取り入れたりしている。受講生とかにも、とにかく力を抜け!というのは、どうしても胸から上が力んじゃうから。観てる人が違和感を感じるという感覚を養ってもらいたいからで。でも、抜いちゃうと今度はゆるゆるになっちゃって斬り合いのシーンとはかけ離れてしまうんだよね。腰から力を出して足先やら背骨を通して刀に伝えていく事は難しいけど。切れ味のある体の使い方や声の出し方。演技もね、ナチュラル芝居というカテゴリーとは俺の言ってることは違うんだけどね。自然演技って、自然を気取った不自然さを感じちゃう。その時点で自然じゃない。これはやはり身体感覚のあるやなしやの問題だと思う。
例えば、蹴り。ほとんどの人は強く蹴ろうとするあまり、蹴る方の足に力を入れてしまう。でもそんな蹴りは表面上の痛さのみで伝わらない。本当に痛い蹴りというのは蹴る方の足には力を入れずに、蹴らない方の足(軸足)に神経を配って回転を与えた方が実は内部まで伝わる蹴りだったりする。
表現も一緒で、ほとんどの俳優さんは、悲しいシーンで悲しさを演じようとしてしまう。でもそれはあざとい演技というか悲しさを表面で演じようとしてるだけで。本当に悲しさを伝えるならばベクトルを間逆にすべきなんだよね。要するに他人に気を使わせまいと気丈に振る舞う方が受け手は悲しさを想像して泣きそうになったりするじゃない。悲しいシーンだから悲しく演じるとそれは受け手の想像力を奪ってしまう。答えを出そうとしすぎて受け手が引いてしまうもんで。笑いのあるコメディも演者はふざけようとしてしまう。コメディを演じようとしてしまう。それは舞台での悪ふざけのように感じてしまうし、そんなんで客は笑わない。真剣にやるから面白いわけだし、わかりあえない物悲しさも想像できるわけで。全てベクトルは逆なんだよね、実は。
なので、俺自身は演技はメソッドより身体感覚で考えるかな。ま、人それぞれだけどね。