16thGIG 熊城【山梨県甲府市】@「語感でアイロニー」#1544

■ 別名     -
■ 所在地    山梨県甲府市上積翠町
■ 城郭構造   山城
■ 天守構造   -
■ 築城主    武田信虎
■ 主要城主   武田氏
■ 築城年    -
■ 廃城年    1582年
■ 遺構     郭 土塁 堀切
■ 復元整備   -
■ 指定文化財  国史跡
■ 訪城日時   2017/05.02

■ 歴史

武田信虎が永正十六年(1519年)に躑躅ケ崎館を築き、石和より移り、翌年に詰め城として要害山城を築いたとされます。この後、要害山城の支城として築城されたようですが、明瞭な史料は無いようです。要害山城は武田氏滅亡後も改修されましたが、熊城は武田氏が滅亡した天正10年(1582年)には廃城になったと思われます。この熊城によって、要害山城の側面ならび搦手方面の防御が連携により強固なものになると思われています。 要害山の南麓は古くから根小屋と呼ばれ、熊城の警護にあたった武士の屋敷が存在していた。要害山城と熊城の間には水の手があり、城に詰めるとともに、この水源を管理していたようである。

■ 写真 感想等

少ないとは言え、登山をしてる身としては、行ってはいけない方向に身を進める恐怖たるや(笑)明らかに道なき道を行くクレージージャーニー感。これが熊城への道である。しかも、熊城の名の如く、熊の爪痕ブログを見て、身の毛がよだつ思いでの訪城なり。

主郭の石垣。

石積

土塁。

写真では解らないかもしれないが、滑り落ちるほどの土塁(涙)

もう少し整備して解りやすくしたら、要害城と熊城の関係も明確になるのになあ。

縄張図等

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