今週より養成所の殺陣指導も始まりました。
しかし、朝が寒くなってきましたねぇ。えづきながら電車に乗ってる琥太郎です。
夜は武道の練習に顔を出しました。当然ですが年数をやってくと当たりが厳しくなります。責任も生じます。
なぜ武道などこの年齢になっても続けているのか。別に強くなりたいわけではありません。もちろん選手になるつもりもありません(笑)
答えは反応の感覚を養ってるわけです。
僕らの世界は芝居でも殺陣でも結末やらセリフは決まってます。ほとんどの俳優さんは気持ちを作って役の背景を作ってと言う事に勤しむわけですが。決まってるから、どんどん自分自分のみに執着してっちゃうんですね。それが間違いかどうかはわかりません。僕はそういう俳優さんに魅力を感じないので、異端なのかもしれませんが。
相手役がどう動きどういう感覚でやってくのか。はたまたこっちが動くとどういう反応をしてくるのか。そういう感覚の方が大事だと思ってるのは確かです。
武道の練習は、僕にとっての演技の勉強なんです(笑)アドリブの応酬ですから。痛いですけど(笑)一発もらったら萎える時もあるけど、血の気が騒ぐ時も多々あり。
血沸き肉躍る
そんな感覚ですかね。あと、仲間で演技の勉強とかあまり意味がないというか、どんどん演技が観念的というか理屈でがんじがらめになって行くのを周りを見て思ってしまうので。結局、仲間内で褒め合っててもいざ本番でそれが出来る感覚が養えるとは思えないんですよね。
数百人のお客さんの前で普段通りやれるかということが一番大事で。数百人の客前に居るより、一人の演出家が居た方がよっぽど緊張するような人とやれば別ですが。
サッカーの中田が言ってたけど、
日本人は練習中のサッカーの技術は世界レベル
なんだとか。でも、いざ本番の試合になると全然機能しなくなる。何を鍛えればいいのか。あのクールで合理的な男が一言。
メンタル
と、言い放ったのが印象的で。日本語に直すと
精神力
ですよ。昭和の響きですよ。
だからやっぱり厳しい環境に自分を追い込むことも必要で。本番で客前立つと稽古と違う、なんか急に入らない間を作って演技を置きに行っちゃう人が多い。同世代でも。やっぱりそれって観念的な所に無意識に逃げてっちゃうんですよね。
僕が怖い演出のとこに身を置いたのはそんな理由でした。甘えが一切通用しない所。稽古場で余裕を持って本番で使えないよりは、稽古は厳しく本番に余裕があって対処してく方がやっぱり合ってる気がするんですよ。
例えば武道の先輩でも厳しい中で長くやってる人はやはり凛とした佇まいを身につけていて。自然とそれが出ていて。例えば山に登って自然の猛威の中で育まれた美しい景色を見る為には、こちらも住みやすい街を後にして厳しいプロセスを経てようやく拝むことが出来て。
原理原則は一緒だと思うんです。有名になりたい。お金持ちになりたい。なんでもいいんだけど。そのプロセスがゆるゆるならばそこに目指すべき先は見えないと思うんですよね。
と、自分に言い聞かせて明日も頑張ります(笑)
たは。
