負けちゃったね@「語感でアイロニー」#626

長谷川。

繊細な差なんだろうなぁ。二階級違う体重差って。一般人の感じる、2キロ差の体重とはわけが違うんだろう。ボクサーが減量に苦しんでも体重の低い階級でやろうとする理由なんだろうね。

まぁ、俺の考えなんだけど。本当に平等にやるんなら、軽量の日に試合やるべきなんじゃないかと思う。翌日には体重が8キロぐらい戻る人もいると言うからね。同じだけ練習して、僅差の能力差ならば、やっぱりパンチ力というか重みの差なんだろう。あの天才的出入りのスピードとテクニックが影を潜めてるのは、たぶん長谷川の格闘家としての本能なんじゃないだろうか。理屈じゃなくて、踏ん張らないと勝てないという圧力があの階級にはあるんだろう。長谷川吹っ飛んだもんね、ゴンザレスのパンチで。骨格が全然違うもん。てか、名前がゴンザレスだもん。粟生なんかでかいし、西岡の後だったってのもあるけど、ボクシングの質がヘビーに近い気がするし。

俺の拙いレベルだけど、空手で何試合かやったことあるけど。体重差なんてもんじゃないレベルの人とやらなきゃいけないから、勝ちようがない(笑)横に回って圧力かわして蹴っても殴っても効いてる感じがしないんだよ。剣道は同じ条件の竹刀だから少し違うけど。

長谷川よ、もう一回戻ってきてくれ!その逆境を乗り越えたあなたが観たい。

そういえば、今年の中学から武道が必須になったみたいだね。俺は賛成派である。向いてるとか弱いとかそういうんじゃなく、人との距離感とか礼儀とか。痛みとか。強い人はやっぱり強いんだという感想をもつだけでも全然違うと思うんだよね。察知能力でもいいんだけど。男って会話しながらも能力を値踏みしあいながら生きている。体力、知力、精神力。経験。平等であるはずがないんだよ。そこから始めた方が幸せになれる気がするんだよ。対抗できる何かがあれば、そこが、その人の居場所というか価値なんじゃないのかな。武道を通して人生観が養われる所もあるからね。歳を取るのも武器だし、若さも武器。そんなもんに行きつく。

最近だと木刀持つのに

雑巾絞るように

と、言うと雑巾絞ったことないから、逆に絞っちゃったり(笑)

胸ぐら掴んで

というと、どういう風にですか?と、聞かれたりする。

これはね、ヤバいですよ。説明はするけど、それって元来感覚というかさ。小さいころに経験しとくべき事で。そこからなんだよね、表現なんだから相手に怪我を負わせるなとか力いれるなとかは。

それを大人になって理屈でやろうとしても迫力は出ないし、胸ぐらを掴むという体になってない。やったことがなんだからしょうがないんだけど。こういうことを説明しなきゃいけない時代になってきてるんだと覚悟して教えてるけど。

体を使って脳に伝達させる。または、脳でイメージしたことを肉体を通して動かせる。

これって、難しいことなんだよね。殺陣もね、技術は進化してる気がするんだよ。でも、深化はしてない。深みって難しいよね。そんなもん必要ない時代だと上っ面で浮かれるよりも急がば回れだと思って。それが一番の近道だったりするもんで。

演劇ってPLAYでしょ。表現だから好き嫌いってあると思うんだけど。遊びなんですよね。好き嫌いを問う遊びなんだよ。大の大人が人生賭けた遊び。万人に好かれようとするからストレスがたまる。出会った人に礼は尽くすけど、俺という人間が好きな人が半分いたなら、残り半分の人には嫌われる。そんなもんでしょう。平均点取るより、乗るか反るか。そんなところがいいじゃないの。

世の人は われをなんとも いはばいへ
わがなすことは われのみぞしる

坂本竜馬の名言です。

俺も頑張ろう!

わしは長い物に巻かれるような生き方はしとうないき!

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