昨日は昼間にチケットの事池袋へ。
北海道フェアがあったので、昼食を買う。雲丹蟹いくら丼。と、チーズコロッケとビーフコロッケ。
じゃ~ん。


美味し!すこぶる、美味し!
元気に昼飯食べて、夕方よりヨンパチ殺陣教室。三浦さんが初心者コースに初参加。これから宜しくお願いします。上のクラスは久しぶりに中村が参加。
はてさて、体を使う芸とは難しく面白いもので。俺は殺陣教室に来る受講生には全部を一気に強要することはない。一度ダメだししたことが回数を経てできるようになったら、次の課題を出すようにしている。それは個々によって上手くなるスピードが違うのもあるが、動きが安定してから細かくしていく。で、回数を経てダメだしが少なくなるにつれ、本人の持つ癖が最後に残るもので。それが実にやっかいで。なかなか直らない。で、そのためにこうしたほうがいい、というアドバイスをすると、前までできてた事も全部できなくなってしまうから不思議で。でね、稽古というか上手くなるということは、そこを避けては通れないんだな、実は。進化するということは、出来たものを壊せる覚悟があるか。で、長く時間がかかりようやくその癖が直った時にまたいままで出来てたことも出来るようになり。その積み重ねでしかないいんだな。その時の喜びは何物にも代え難く。続けることは大事だなと心底思う。そんでもってまた次の課題があり。もちろん、俺もそこを通過して今があるわけで。そして、まだまだ先にある課題はあるわけで。
気づきなくして進歩なし
俺自身、30過ぎてから決めてることがあって。「他人のふり見て我がふり直せ」じゃないけれど、どんな人と会うときでも、自分を「弱い」とか「不器用」とか言わないようにしている。そんなことは他人が自分を評価することでいい、とタカをくくっている。自分自身をマイナスの発言をすることで予防線張ったり、格好付けた美学だったり、謙虚さをはき違えたりしたくない。そんなことを語る暇あったら、臆病な自分と向き合って少しでも前に進みたいもん。言葉は魔力でそんな発言を繰り返してたら本当にそうなっちゃうし、そういう仲間としかつるめなくなっちゃう。何よりそういう発言で周りの人をどんよりさせちゃうだけだから。
健さんの
「自分、不器用ですから」
というのも、劇中だから格好いいわけでさ。あれだって健さんの持つ魅力と相当の努力があってあのセリフが効力を発するわけでね。
人は風通しのいいところや光のある場所もしくはそういう人に集まるもので。それは人それぞれ目標は違うだろうけど、金だろうが権力だろうが仲間だろうが暗い所にはいかないもん。好き好んで、北向きの風の通らないマンション探さないでしょ(笑)
で、
「自分は実力あるのに運が悪い」
とか、運とかで物事解決しようとしてるのもいるけど。それは周りや世の中が悪いんじゃなく、自分が今までデタラメだったことを告白しているようなもんで。最近思うんだけど、「運命」って後天的なもので己の意思や積み重ねでおのずと変わっていくもんなんだなと。「宿命」ってのが、決められないもの。つまりは「命が宿る」。どの親に生まれるか、いつ生まれるか。これは頑張っても変えようがない。「運命」は「命を運ぶ」つまりは「体を運ぶ」「心を運ぶ」「言葉を運ぶ」。運び方一つでいくらでも変えれることができるもののような気がするのだ。
誰でも条件は同じ。同じ五体。同じ24時間。どう有効に運ぶか。畑に何も蒔かなかったら、今の収穫はない。大根の種蒔くから大根が獲れるわけで。大根の種蒔いて人参も出来上がらないし。当たり前だ。
僕の選んだ職業は、観に来た人に活力を笑いを興奮を涙を人の心を揺さぶるものを創りだすこと。俺がマイナス発言していいはずもなく。お金もらってるんですから。
本日、午前中俳優さんんとあってから、あれやこれやヨンパチ作業をしていたら、もうこんな時間。オフ。そして、お~ふ!
明日からまた怒涛の一週間。
うりゃっ!
