ボケへスイッチ@「語感でアイロニー」#308

俺は全体を仕切る仕事が今多い。お笑いで言う所の「ツッコミ」だと思ってる。しかしながら、個体とか存在として客観的に見て自分を判断するに「ボケ」の方に勝手のシフトチェンジされてるように思う今日この頃。

歩いてるだけなのに、

「武士が歩いてる」

と、笑われ。洋服着てるだけで

「武士が洋服着てる」

と、笑われ。昨日など圭蔵とか猪口に飲み屋で俺の二の腕の筋肉見て

「キモい」

まで言われる始末。これを「ボケ」と言わずなんと言おう。

要するに「存在ボケ」とは人から見て「どうしたら、そんなになっちゃうの?」的笑いなんだろうけど。嬉しいですね。人から見て「行き過ぎだろ」と思われるということは、誰に何を言われようと馬鹿にされようと笑われようと自分の信じた道を真剣に生きてる証しだから。

ほんとね、笑われるかもしんないけど幼いころからずっと武士になりたかったの(笑)

青春時代を剣道に捧げて、なんの迷いか役者始めて。で、殺陣始めて今じゃ「武士」と陰口叩かれる。最高じゃん。そんで飯食ってんだもん。

俺は「努力してます。します。しようと思います。」という言葉を吐くのがあまり好きではない。だってその世界にいる以上当たり前の事だと思うから。その作業を「努力」と言ったら、それはもう好きではないという事でしょ。言うならば、「歯磨きする」とか「風呂入る」と同義語であるべきだと思うのだ。

猫は猫であろうと「努力」はしない。人間だけでしょ、「人間だもの」という言葉に癒されようとするの(笑)このキャッチをいいように解釈して実は悪用してんじゃねぇかなぁと思う人多いね。逃げ道や負けてもいいように解釈してる節あるでしょ。

ダメでしょ(笑)

例えば週一回習い事をしたら、その世界で世の中に貢献してくなら、残りの週六日をどう過ごすかで決まるように思う。それが仕事に繋がるんだと俺は思う。どんだけ馬鹿にされようと。

ヨンパチを「男30にして立つ」で立ち上げて6年経って、一つだけ思うことは、飲み屋での熱いトークやビックマウスなど誰でも語れるのだよね。しかし、それを本気で実践する奴は一握り。

男はね、それが飲み屋だろうがシラフだろうが一度吐いたセリフは飲み込んじゃいけませんよ。ましてや、それが自分で生きてく仕事場なら尚更です。余りにも吐いたセリフに無責任な人は多いね。

俺は自分の吐いた言葉や啖呵には責任を持ちたいし、自分に嘘をつく自分が許せないだろう、生涯。

これはまぁ、性分だからしょうがないね。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です