ゴールデンウイークを利用して、甲斐攻め(城巡り)をしようと計画してたのですが。甲府は山城が多く、ついでに登山も兼ねる事に。不思議だね。趣味と趣味が重なって独自の登山となってきた。いや、普段の仕事も殺陣指導や殺陣師業務なんぞをやって生計を立てており。小さい頃から歴史好きで城巡りをしていた風変わりな子で(笑)歴史好きも手伝って色々と調べるのは苦じゃないし。時代背景も知らないと振り付けや所作なども指導できないしね。殺陣は足腰の柔らかさと強さが必要で、登山も歩くから。一石二鳥。気づいたら、仕事も趣味もリンクしてるね(笑)いや、一石三鳥か。移動時間は専ら、歴史小説ばかり読んでて。偏ってるよねえ、俺の人生(笑)なんか、色々な要素が形成されて今の自分なんだろうねえ。いやあ。楽しいなあ。城巡りのレポは時間がかかるので、後日。甲府周辺を死ぬほど歩いたよ。すげえええ、筋肉痛っす(笑)
■ 山行記録
5月2日(火)
要害山 13:05 湯村山17:20
■ 登った山
要害山 787M(山梨百名山)
湯村山 446M
■ 写真 感想等
てなわけで、甲府城 武田氏館を見て。もうそれだけでも、足パンパンなのに、信玄の支城の一つ要害城を見るために、要害山へ。途中、土塁や曲輪跡などがあり、興奮して先になかなか進まず(笑)普通の登山なら、せっかちなくらいなスピードで頂上目指すんだけど。登山しながら、花や草を調べながら、ゆっくりと進む人たちの気持ちがようやく分かるようになってきた(笑)
要害山頂上。
そして。戦国最強の騎馬軍団と武田家24将を率い、あの覇王織田信長さえビビッてた、「甲斐の虎」事、武田信玄の生まれた場所なのだそうだ。
てか、随分と不便な所で生まれたんだね。結構登ったぜ。そして、やはり思う。病気じゃなかったらだとか、最強だったとか色々言われてるし、俺も好きな戦国武将の一人なんだけど。
天下は取れなかっただろうなあ
と。ライバル関係にあった「越後の竜」事、軍神上杉謙信も同じで。どれだけ、天才的な戦の強さを誇っていても
やはり、京都までは遠すぎるよ。
革命的な戦や通信の速さを利用した織田信長。そして、それを引き継いだ豊臣秀吉。この人たちに味方したのは、
地の利。
つまりは京都に近い所から覇業を始めたからなんだろうなあ
と。頂上で暫く思いに耽ってた(笑)だから、逆に信玄好きなのかなあ。
その後、登山じゃ考えられない道なき道を行き、もう一つの熊城を見て下山。そこから、息も絶え絶えになりながら、最後の湯村山へ。
ここは歩きやすかったな。近くに運動場もあるし、地元の方達が運動の為に、昇り降りしてて。頂上からのご褒美。
何故に富士山を見ると疲れが吹き飛ぶんだろう。歴史好きと登山好きの人にはうってつけの街。甲府。東京からも近いし。
明後日もまた登山と城巡りに行くよん。休み少ないから、詰め込む詰め込む(笑)



