5thGIG 石神井城【東京都練馬区】@「語感でアイロニー」#1475

■ 別名     -
■ 所在地    東京都練馬区石神井台1-27
■ 城郭構造   連郭式平山城
■ 天守構造   -
■ 築城主    豊島勘解由左衛門尉
■ 主要城主   豊島氏
■ 廃城年    文明9年(1477)
■ 遺構     土塁 空堀
■ 復元整備   石碑 説明板
■ 指定文化財  都史跡
■ 訪城日時   2016/10.17

■ 歴史

東京都の北部一帯に勢力を張った豊島氏の本拠地の一つである。築城の時期としては鎌倉時代後期が有力とされている。鎌倉時代以降も豊島氏は武蔵国の有力武士として着実に成長してきた。現在でいう東京都北部の北区、板橋区、豊島区、練馬区一帯を領有し平塚城や練馬城などを拠点として栄えていた。
室町時代後期の関東管領上杉氏の内紛から端を発した長尾景春の乱で豊島氏は景春に味方したため、扇谷上杉氏の家臣で名将の呼び声高い太田道灌と戦いに及ぶこととなった。文明9年(1477)4月に道灌が豊島泰明の守る平塚城を攻撃したため、兄の豊島泰経は手勢を率いて道灌の居城であった江戸城を攻撃すべく出陣した。それを察知した道灌は泰経と江古田沼袋原で戦い、この合戦で泰明は討死し泰経は石神井城に籠城するが、愛宕山に陣城を築いた道灌に攻められ落城し泰経は娘の照姫とともに三宝寺池に入水して死んだとも小机城に落ち延びたとも伝わっている。こうして名族豊島氏は滅び石神井城も廃城となった。

■ 写真 感想等

まずは、都内に江戸城や八王子城以外に城跡ってたくさんあるのにびっくり。勿論、建物があるわけでもなく、ひっそりと。面白そうなので、暇があればどんどん行きたいな。石神井公園って急行の止まる駅としての認識しかなく(すいません)何千回と通過したのに、特に用事もなく、降りた記憶があまりない駅(たびたびすいません)そして、この豊島氏と言う苗字に笑ってしまった。なるほどな、と。豊島区なのね、と。勉強になるね。てか、石神井公園ってデカいのな。池が二つもあるし。気持ちいいですよ、ゆったりと散歩も。なので、散歩がてら。石神井池の方からスタート。

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いやいやいや。撮らないでしょ。呑気か。てか、ウオーズマンのお面取った時みたくなってないか。

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いやいやいや。乗らないでしょ。乗っても子供連れの人だけにしとこうよ。恥ずかしいだろうなあ。

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こちらは、本物の親子。可愛い。

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犬神家?

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広いんだよね、この池。水が豊富な土地なんだね。

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紅葉。綺麗だね。

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城跡がある三宝池へ移動。あちこちに高そうな望遠カメラを持って写真を撮ってる人や、絵を描いてる人が多数。

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俺、初めて見たかも。寝てる鳥。

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こちらも紅葉。

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都会の公園で、電線やらビルが見えない公園がどれだけあるだろうか。癒されますな。

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水面に映る木々もいいですね。

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こた散歩を終え、城跡へ。

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縄張り図

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石神井城は三宝寺池南の氷川神社から三宝寺や石神井小学校にかけての台地に築かれていたが、室町時代に廃城となったことや戦後の宅地化により遺構が残る範囲はかなり限られている。当時の地形はわからないし現在も遺構があまり残らないことから、背後を池に守られているものの南側はそれほどの要害地形とは思えず、太田道灌に攻められた時は呆気なく落城したようだ。

何はともあれ、ここは本当に東京都かと、思わせてくれる自然豊かな散歩コース。お勧めです。

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