殺陣教室553@「語感でアイロニー」#1447

昆虫は温度センサーが内蔵されてんじゃねーかと思う今日この頃。昨日今日の涼しさでは、セミの鳴き声がぴたりと止み、代わりに鈴虫が、

あれ?そろそろ俺の出番か?

と、鳴きはじめ。気温が上がれば、

まだ夏じゃん!

と、セミが遺伝子を残す婚活に必死になり。鈴虫は

出とちりしてすんません。

と、ばかりに遠慮して。ええ。人間は、25℃以下ぐらいが寝やすいと思う次第で。

そんなわけで。昨日は殺陣本部道場。

素手のコースは池田と石川。池田が次の型へ。

上のコースは個別に。ラストの手付けは、隻眼片手の丹下左膳。殺陣はどこか書道に似ている所があるような気がする。型や移動稽古や対人稽古は、「楷書」に近く。きちんと基本通りに。丹下左膳などは、左手一本に着流し。「草書」。もう、どんだけ崩してんだくらいに。これを型通りにやっても、色気も何もありゃしない。崩す。その崩しも人の体型やルックスによっても変わってくる。でも不思議で。最初から型通りに出来なけりゃ、崩しではなく、崩れてる汚い殺陣。初心者にありがちな、

カッコつけたいだけ

と、言うものに成り下がる。普段の稽古然り。現場や舞台然り。必ず、崩したことを放置すると、自然と崩れていく。書道と似てるなあと思うのは、俺自身が親が書道の先生で、一族皆上手い。ところが、俺は性分で、じっとしてられない子だったのもあるが、長続きせず。まあ。センスがなかったのだろう。今、大人になり、字など書いてみると

本当に書道やってたの?

と、疑うばかりの崩れっぷり。我ながら情けないばかりで。習い事や芸事。色々な分野があるけど、原理は一緒なんだろうなあと。勘三郎さんが言ってたね。

型があっての型破り
型がなければ形なし

いい稽古でした。

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